yui's note

GID(性同一性障害)の治療過程で思ったことの記録を綴っています
カテゴリー  [ ダイレーションについてのQ&A ]

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ダイレーションQ&A

*反転法の経験をもとに答えています

Q ダイレーション用のプラスチック棒の大きさはどのくらい?

A ガモン病院で頂いたダイレーション用のプラスチック棒は「No0~No6」まであります。

  ちなみに、No1の直径は約21mmで50円玉と同じ、No6の直径は約33mmで500円玉(26.5mm)より遥かに大きいです。
  数字的には12mmの差で大したことないと感じるでしょうが、実際に実物を見てみると「こんな太いのが入るのか・・・」と恐怖さえ覚えます。


Q ダイレーションで感じるの?

A 個人差があると思いますが、私の場合は今のところ全く感じません。
  あえて言えば痛いだけです。


Q 挿入は痛いのか?

A 個人差が大きい部分だと思います。
  実際に、病院のダイレルームで「痛い!痛い!」と叫んでいる人はいました。
  滞在中に入れるサイズは小さい「No0」か「No1」なので、それで痛いのなら帰国後はかなり大変だと思います。

  また、基本的に男性は女性よりも骨盤が狭いので、ダイレ棒が骨に当たり痛く感じるのだと思います。

  私の場合は、ダイレ棒サイズが「No0」「No1」では声を出すほど痛くはありませんでした。
  何となくですが、骨とダイレ棒が当たる痛さとは違うような気がしました。
  私のヒップは85cmでお尻がプリッと突き出ているような体形で、決して骨盤が広いというわけではないと思います・・・が、膣を押し広げられるような痛さ(お尻が割けてしまうような痛さ)は感じます。

  ところが・・・「No2」になった途端、骨に当たるような痛みを伴うようになり、とにかくキツくて入らない。
  正直とても痛いです。

  メジャーで測ったところ「No1」と「No2」は4mmの差があり、他よりも差が大きいです。
  なので、ここがダイレーション作業の壁であると個人的には思っています。

  No3以降はNo2の時ほど痛くはないと思います。やり方のコツがわかってきたのと、痛みに対する耐性がついてきたというのも理由として考えられます。

  なので、特にNo4以降は痛さよりもキツさを感じると思います。
  
  知識のある方の意見によると、反転法系の手術の場合は、骨盤が広い人ほどダイレの痛みが少ないようです。
  また、S字結腸法の手術の場合も、ダイレは軽いようです。
  また、四股ふみなどのエクササイズを続けることで、骨盤を開き気味にすることができるという情報もあります。


Q 挿入の痛さを払拭するために、勢いに任せて一気に入れることはできるか?

A 難しいと思います。
  経験上、勢いに任せて入れる方が余計に痛いんじゃないかって思ったし、膣内を傷つけてしまうかもしれません。
  なので、個人的には絶対におススメしません。


Q なるべく痛みを感じないように入れる方法はあるか?

A 個人的にはあると思います。
  詳しくはダイレ日記をご覧下さい。
  いろいろな方法を試して、自分に一番合う方法を見つけるのがベストだと思います。

Q ダイレーションはいつまで続けるの?

A 膣内のスペースを確保しておきたい間はずっとです。

Q ダイレーションをサボったら?

A 膣内のスペースは徐々に収縮します。あと術後から年月がたつほど収縮のペースは遅くなります。逆に術後間もない期間にサボってしまうと急激に収縮するようです。

Q ダイレーションのペースはどのくらいがいいか?

A 個人によっても違うので何とも言えませんが、私の場合は、術後最初の三ケ月は一日二回、次の三ケ月は一日一回、その後は二日に一回、三日に一回と三ケ月ごとに間隔を伸ばしていきました。

Q ダイレーションをちゃんとしていても膣は収縮する?

A これも個人差が大きいのですが、私の場合は少し収縮しました。長さで2センチ弱、幅も狭くなったみたいです。

Q ダイレーションの間隔は最大でどのくらい?

A これも個人差が大きいのですが、私の場合はちゃんとやってたにも関わらず少し収縮してしまったので、基本的に一週間に一回はやるように心掛けています。



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プロフィール

ゆい

Author:ゆい
こんにちわ、ゆいといいます (^.^)


小さいころから性別への違和感を感じながらも

「親を悲しませるんじゃないだろうか?」とか「親の期待に応えなきゃ!」とか...

いろいろ思い悩み、なんとか治療をしないで生きていける方法を探っていました。

でも、もし治療をしなければならなくなった時に、慌てることのないように手術費とかも少しづつためていました。

・・・で、そのうち精神不安が重なったことなどがキッカケで、治療をする決心をしました。


そして2015年にSRS(性別適合手術)をして、とりあえずの治療は終えることができました。


私にとってGID(性同一性障害)は生きていくための障害になっていました。なので、まずそれをなくしたいという一心だけでした。

だから、治療を終えた後も達成感とかそういうのはなく、これからの不安とかで頭がいっぱいでした。



このブログは、MtFへの「準備」という名の根を張り続けた記録を残しています。



【治療経歴】

2012年

7月
・ブログを書き始めた

12月
・GIDの治療を始めることを決めた

2013年

1月
・ジェンダークリニックへ通い始めた

5月
・ 親へカミングアウトをし、GID診断後はSRS(性別適合手術)までの治療を受けることを伝えた

6月
・親と話し合って、SRS後は親の戸籍から抜けることにした

10月
・ジェンダークリニックよりファースト診断書を頂いた

11月
・女性ホルモン注射を始めた

12月
・ジェンダークリニックよりセカンド診断書を頂いた

2014年

1月
・ジェンダークリニックよりホルモン同意書を頂いた

3月
・上行結腸ガンが見つかった

5月
・上行結腸ガンの手術をした
・会社の役員にカミングアウトをした


6月
・会社側の条件に従って、職場の上司にカミングアウトをした

9月
・会社側の条件に従って、職場の同僚にカミングアウトをした

10月
・仮のRLE(実生活経験)を始めた

12月
・ジェンダークリニックにて身体意見書が完成した

2015年

3月
・渡航中の食事環境に慣れるため、タイ料理を食べた
・今までの感謝の気持ちとして、家族を夕食に招待した

4月
・ガンの精密検査で異常がないことがわかった
・SRS(性別適合手術)の日にちが決まった

6月
・ジェンダークリニックより英文の診断書を頂いた
・タイのガモンホスピタルでSRSを受けた

7月
・分籍をして親の戸籍から外れた

10月
・職場復帰しRLEを始めた

2016年
6月
・家族と再会し、実家へ戻ることが許された

8,9月
・戸籍上の変更をした(改名、改性)

10月
・クレジットカードや水道光熱費等の改名手続きをした
・元の性別を知らない友達ができた

2017年


3月
・会社を退職した

4月
・元の性別を誰も知らない会社で働き始めた
・趣味の活動に参加し始めた

7月
・元の性別を知らない男性とつき合い始めた

http://www.rakuten.co.jp/kireidelab



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