「準備」という名の根を張ってきた・・・

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ガンになって・・・ ~1.陽性~

引越を終えたばかりの2月のある日、職場で健康診断を受けました。

一通りの検査を終え、最後に診察を待っていると、一般の人とは違う診察室に呼ばれました。

・・・ちょっと嫌な予感がしました・・・

そして、便潜血検査で二回とも陽性が出たことを告げられ、精密検査を受けるように言われました。

その瞬間、頭の中が真っ白になりました・・・だって、今まで健康診断で異常と言われたことが一度もなかったから・・・

それに、普段から健康に気をつけて生活もしていたし・・・本当に「何でっ???」って感じでした。

お肉よりもお魚、お肉よりも野菜を多く摂り・・・もちろんタバコも吸わないし、お酒もたしなむ程度だったし・・・お仕事でのストレスも溜まっているとは思えなかったし・・・

スポーツはしていなかったけど、日課のエクササイズはしていたし、通勤も意識的に歩いていたし、エスカレーターじゃなく階段を使っていたし・・・お風呂もじっくりと湯船に浸かって汗を流していたし・・・本当に何でかわからない・・・

でも、潜血の原因は腫瘍じゃなくて痔かもしれないから・・・そう思うことで不安な気持ちの中にも、まだ心に余裕のようなものはありました。



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ガンになって・・・ ~2.腫瘍~

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ガンになって・・・ ~1.陽性~


ガンになって・・・ ~2.腫瘍~

ただ何となく、痔ではないかも・・・という直感はありました。

それに、いろいろと痔の症状を調べてみたけど、どう考えても私には当てはまらなかったんです・・・

ただ、痔であってほしい・・・そういう希望だけでした・・・


すぐに近くのクリニックに連絡をし、一週間後に大腸内視鏡検査をすることになりました。

たかが一週間と思うかもしれませんが、私にはその一週間がすごく長く思えた・・・私の体を蝕んでいるものとは一体・・・

痔なのか腫瘍なのか・・・もし腫瘍なら良性か悪性か・・・不安な日々が続きました。

そして、2~3日前からの食事制限を経て、やっと検査日がやってきました。


・・・で、検査後、先生から「怪しい所があったけど、内視鏡では取れない感じだったので、組織だけ採取しました。結果は二週間後にわかります」

と告げられました。


・・・やっぱり、痔じゃなくて腫瘍だった・・・


今まで健康そのものだった私にとって、腫瘍があったという事実は、それがたとえ良性であれ、かなりショッキングな出来事でした。

それでもその時は、まだ良性なら・・・と気持ちをすぐに切り替えることができていたと思います。

それにしても、「もっと早くわかんないのかな~」っていうのが正直な気持ちでしたが・・・まぁ、こればっかりは仕方ありませんよね・・・



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ガンになって・・・ ~3.悪性~

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ガンになって・・・ ~1.陽性~

ガンになって・・・ ~2.腫瘍~


ガンになって・・・ ~3.悪性~

本当に憂鬱な二週間でした。

正直お仕事にも身が入らなかったし、できれば行きたくなかった・・・でも、お家にいても余計良くないことを考えて、もっと憂鬱になってしまうだけだし・・・


・・・で、結果を知る日がやってきました。

小腸と大腸の境目辺りに1~2センチ大で平面形状の腫瘍があると言われました。

最初、先生は悪性とも何とも言ってなかったので「じゃあ、悪性じゃないんですねっ」って言ったら「いや、悪性です」って・・・

悪性・・・そう言われた瞬間、私は思わず「えぇぇ・・・」と、今にも泣き出しそうな弱々しい声を出しました。

でも、その後すぐに「この段階で見つかって良かったですよ」と言ってくれたと思います・・・が、私の耳には入りませんでした。

それでも一人で来ていたので、何とか理性を保ち、すぐに病院への紹介状を書いてもらいました。

本当は当日中に大病院に行きたかったのですが、時間的に叶わず、うつろな感じで母に電話しました。

「・・・ガンだって・・・」

「・・・そう・・・」

母は心配そうな感じで、そう答えました。

その後、精一杯の思考を働かせて職場に連絡し、しばらくお休みを頂くことを伝えました。

お家に帰って母に詳しく事情を説明し、しばらくして母は外に出かけました。


・・・と、一人になった瞬間、体の底から沸々と湧き上がるように感情を抑えきれなくなり、私はシクシクと泣き始めました。


私がガン?

何でっ??どうしてっ???

今まで健全な生活を送ってきたはずなのにどうしてっ!神様!!なんで!!!わからない!!!!



嗚咽はしばらく続きました。

テレビがついていない、電気も点いてない暗く静かな部屋に、私の鳴き声だけが響いていました・・・



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ガンになって・・・ ~4.奔走

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ガンになって・・・ ~1.陽性~

ガンになって・・・ ~2.腫瘍~

ガンになって・・・ ~3.悪性~


ガンになって・・・ ~4.奔走

前日、ガンと宣告されてから何度も何度も頭の中を無限ループのように駆け回るこの思い・・・

・・・ガンであることが信じられない・・・認めたくない・・・でも認めなきゃいけない・・・

・・・今、私の体の中をガンが蝕んでいる・・・どうしよう・・・一刻も早く取りたい・・・

たぶん、ガンを初めて体験する多くの人は、最初はきっとこういう気持ちになるんでしょうね・・・


で、翌日、朝一番で紹介された病院へ母と行きました。

クリニックでは、もしかしたら内視鏡で取れるかもしれないからということで、消化器内科へ・・・

でも、今は年度末ということもあり人材の異動が多く、この病院では消化器内科が手薄になるとのことで、またまた別の病院を紹介されるはめに・・・

せっかく 朝一番で行ったのに・・・でも、すぐに別の病院の紹介状を書いてくれて、急いでその病院へ行き、外来受付終了の5分前に滑り込みセーフ (^^;;)

・・・で、2時間位待たされて、ようやく診察・・・その病院は消化器内科が充実している病院とのことでしたが、そこでもやはり内視鏡で取るのは難しいかもしれないと言われて・・・日を改めて、再び内視鏡検査をすることに・・・


でも、今度は既にガンとわかっていての検査なので、検査当日までは本当に憂鬱でした・・・

お家にいてもガンのことが頭から離れず、少しでも気を紛らわすために自分のお部屋でスマホをいじってみたり、マンガを読んだり、テレビを観たり・・・

また、自己判断で念のため女性ホルモン注射もサプリの摂取も中断したから「もう性別を変えることは諦めなきゃいけないかも・・・」とか思うと、気分的に「もうどうでもいいや・・・」って思ってしまって・・・

だから、ほぼ欠かさず続けていた美容のための日課も、全くやらなくなりました。

そればかりか、お風呂にもろくに入らず、髪の毛がベトベトになって不快になったら、仕方なく入るという感じで・・・

今思うと、本当に廃人のような毎日を送っていたと思います・・・



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ガンになって・・・ ~5.安堵~

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ガンになって・・・ ~1.陽性~

ガンになって・・・ ~2.腫瘍~

ガンになって・・・ ~3.悪性~

ガンになって・・・ ~4.奔走~


ガンになって・・・ ~5.安堵~

まるで空気の抜けた風船のようなハリのない生活を送りながら、やっと検査日がやってきました。

検査は数日にわたり、大腸内視鏡から胃の内視鏡、尿検査、血液検査、胸部・腹部レントゲン、肺機能検査、CTに至るまで、多岐に行われました。

胃の内視鏡は、意識がない状態でやったので全く苦しくなかったのですが、痛かったのはCTでした。

私の場合は、造影剤を注入してのCT撮影だったので、CTそのものではなく、造影剤の注入のための注射がかなり痛かったのです。

後で弟に聞いたところ、造影剤に使う注射器はとても太いらしいです。

造影剤を注入されている1~2分の間はもちろん・・・終わってからも半日位は重~い感じの痛みが残っていて、とても不快でした・・・


・・・で、何だかんだで数日にわたる検査が終わり、週末に検査結果を聞きにいきました。

当日はドキドキしていました・・・だって、もし他の臓器に転移があったら、もう長くないかもしれない・・・SRSどころの話じゃなくなる・・・

それに、もし何かあったら週末をどんなに暗い気持ちで過ごさなきゃならないか・・・

2月の会社の健康診断では便潜血以外の異常はなかったので、それが少しだけ心の支えにはなっていましたが・・・だから、当日は本当に神妙な面持ちで病院に行ったのを覚えています。


そして、いよいよ私の番号が電光掲示板に表示されて診察室へ・・・その結果・・・


・・・他臓器への転移はみられない・・・


その言葉を聞いても、診察室を出るまでは気を抜きませんでした・・・そして診察室を出た瞬間、私の心の中を明るい光が差し込みました。


よかった・・・転移はなかったんだ・・・本当によかった・・・


まだ手術が成功したわけでもないし、ましてガンがなくなったわけでもないのに・・・なぜか心が安堵感に包まれていました・・・

それと同時に、今まで母はもちろんのこと、有給休暇をとってまで病院に付き合ってくれた弟に対して、すごく感謝の気持ちが沸き起こってきて・・・だから、帰りに甘いものをご馳走してあげました。

その夜、まるでガンがなくなったかのようなすがすがしい気分だった私は、その日からまた美容のための日課を再開するのでした。



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ガンになって・・・ ~6.一転~

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ガンになって・・・ ~1.陽性~

ガンになって・・・ ~2.腫瘍~

ガンになって・・・ ~3.悪性~

ガンになって・・・ ~4.奔走~

ガンになって・・・ ~5.安堵~


ガンになって・・・ ~6.一転~

美容のための日課を終えて一息ついていたその夜、あるテレビを観ていて私の気持ちは明から暗へと一転してしまいました。



NHKの番組で、「総合診療医 ドクターG」というのがあります。

これは数人の研修医が、VTRで患者が訴える症状や仕草を観察し、病名を推理していくという番組です。

その日に放送されたのは「血管内リンパ腫」という病気でした。

その患者さんは体に異常を感じ病院へ行き、私と同じように全身の詳しい検査をしたにも関わらず、「重大な病気ではない」と言う診断を下されていました。

でも実際は、「血管内リンパ腫」というガンだったのです。



私は、消化器内科の先生から詳しい検査の結果、転移は見当たらないと言われました。

でもテレビを観て、私の場合も他の臓器への転移が見られなかったというだけで、病巣の下を流れているリンパ節への転移の可能性がないと言ってるわけじゃないのかも・・・と思いました。

他臓器への転移がなければステージⅣは免れますが、もしリンパ節への転移があればステージはⅢ・・・もしかしたら長く生きられないかもしれない・・・

母や弟には心配をかけたくないので、表情には出しませんでしたが、さっきまであんなに明るかった気持ちが一転、急に不安が大きくなってきてしまいました。

せっかく、明るい気持ちで週末を過ごせると思っていたのですが・・・「あ~あ、こんなの観なきゃよかった・・・」



そして週明け・・・私の担当は内科から外科に移り、執刀医の診察を受け、病名と手術についての詳しい説明を聞きました。


・・・予感は的中しました・・・

リンパ節へ転移しているかは、実際に手術をして病理検査をするまでわからないと・・・


やっぱり・・・私の心の中が、みるみる不安に染まっていくのを感じました。



総合診療医 ドクターG
http://www4.nhk.or.jp/doctorg/87/



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ガンになって・・・ ~7.一言

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ガンになって・・・ ~3.悪性~

ガンになって・・・ ~4.奔走~

ガンになって・・・ ~5.安堵~

ガンになって・・・ ~6.一転~


ガンになって・・・ ~7.一言~

・・・気分は沈んでいました・・・手術までの約1ヶ月の間、この何とも言いようのない不安と闘わなくてはいけない・・・


ちょっとでも体調がおかしいと、もしかしたらガンが進んでるんじゃないかとか思ったし・・・

「1ヶ月後なんて遠慮しなくていいから、今すぐやってよ!」とかも思ったし・・・まぁ、これは冗談で、お医者さんも忙しいからね・・・


そんな感じでストレスが溜まっていたのは確かでした。


それだったら仕事に行けばいいのに・・・とかも思ったけど、そういう気分にもなれなかったんだよな~



そんな時、「旅行にでも行こうかっ!」と、声をかけてくれたのが母でした。

・・・そう、実は昨年の9月あたりに、今年のゴールデンウィークを使って10泊くらいの長旅をしようと考えていたのです。

そしてガンが発覚するまでは、毎週のように旅行のプランを練っていたのでした。


「ネガティブなこと考えて悶々としてるよりもいいでしょう!」

「もし死んじゃった時でも後悔しないくらい目一杯楽しんでこよう!」


・・・最初はあまり気が進みませんでしたが、確かに母の言う通りだな~と


体調を考えて、当初予定していたマイカーで行くことは止めましたが、気の向くままに・・・帰ってきたくなったら帰ってこよう的な感じで出発しました。


・・・何にも計画を立てないで、ガイドブック片手に・・・



+++新幹線で尾道へ+++


尾道ラーメンを頂き

尾道の空気を感じながらの散策・・・

夕食は尾道焼とビールで乾杯~

ひょんなことから、尾道の温かい人情にも触れることもできた


+++呉へ+++


退役した潜水艦の内部を見学したり

横須賀でも見られないという、現役の潜水艦を間近で見るということができた


+++広島へ+++


平和記念資料館で、とても神妙な気持ちになり

原爆ドームから宮島への世界遺産航路という豪華ルートで・・・


+++宮島へ+++


有名な大鳥居の真下まで歩くことができ・・・柱にお金がいっぱい刺さっていたのに驚きっ!

厳島神社では結婚式に遭遇して、花嫁さんの幸せそうな笑顔に出会え

観光客はあまり行かないという弥山にも行くことができ、眼下の素晴らしい光景を堪能し・・・


+++岩国へ+++


雨の錦帯橋は、その迫力に風情が加わって良かった

暇そうにしていたおじさんがしてくれた石人形のお話も面白かった・・・


+++バスで島根へ+++


出雲大社では、綱の大きさに圧倒されながらも、しっかりと病気平癒のお願いをすることができたし

安来の足立美術館も、その前評判に違わず素敵な庭園だった・・・

境港は、周辺の市を含めて「鬼太郎」を盛り上げていこうとする取り組みに頭が下がる思いがしたし

有名な宍道湖のサンセットも素晴らしかった・・・



その後、体調が悪くなってしまったので、お母さんを鳥取砂丘に連れて行ってあげることができなくて・・・

また、帰りに寄った姫路城の天守閣が工事中だったのは残念だったけど・・・

何よりも私自身、気分転換になったのが一番大きな収穫でした。

そして、お母さんとの思い出もまたひとつ増えました。


ガンが治ったら、鳥取砂丘と姫路城は絶対にリベンジするぞ~~っ!



お母さんの一言で、私はずいぶんポジティブになれた。

ありがとっ!お母さんっ (⌒-⌒)



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ガンになって・・・ ~8.再会(再開)

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ガンになって・・・ ~5.安堵~

ガンになって・・・ ~6.一転~

ガンになって・・・ ~7.一言~


ガンになって・・・ ~8.再会~

母との旅行を経て、私は考え方を変えることができました。

今までの私は


どうしてガンになったんだろう・・・

一体、何がいけなかったんだろう・・・

ガンの状態が悪かったらどうしよう・・・


そんなことばかり考えていました。

でも、「そんなこと考えてもしょうがない」っていう気持ちになれた。

なっちゃったものは、なっちゃったんだから・・・今さら、そんなことを考えても仕方ないってわかった。


どうしてガンになったんだろう・・・

一体、何がいけなかったんだろう・・・


そんなことは治ってから考えればいいこと。


ガンの状態が悪かったらどうしよう・・・


今は、そんなこと考えなくていいよ・・・いずれわかることなんだから・・・それからでいい・・・

・・・ケ・セラ・セラ・・・なるようになるさ・・・


とにかく今は病気なんだから・・・まだ詳しい状況がわからないんだから・・・

だから、今は悔いのないように今を楽しもうっ!


気持ちがずいぶん前向きになりました。

家族でテレビを観ては大笑いし・・・家族で楽しく談笑し、たわいもないことで討論し・・・


そして、今会っておきたい人達にも再会しました。


久々に元カノと遊園地に行き、絶叫コースターに乗りまくり・・・

「ガンだけど乗るの大丈夫かな~」って、乗車禁止の看板を目を凝らして見たり・・・こんなにこの看板を何度も読み返したこともなかったっけ・・・


あとは、あるSNSで知り合った男性の友人と久々に会って、楽しいひと時を過ごしたり・・・

私も、久々に本来の姿に戻れて良かった・・・


そればかりでなく、不安なことばかり考えていてやる気がおきなかった日頃の日課や、新しいお部屋の備品の購入やコーディネートも再開しようとする気持ちになれました。


でも、ごめんねっ!

ひとつだけ告白する・・・

正直、SNSで知り合った女装娘さんやGIDの方とは会いたくなかったんだ・・・

だって、私が女性化を一時中断しなきゃならない時に、他の娘はどんどんきれいになっていく・・・そういう状況にうらやましさを感じると共に、何か嫉妬のような感情も芽生えてしまったから・・・



まぁ、とにもかくにも母の一言・・・そして旅行・・・

それは、私にとても大きな副産物を与えてくれました。



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ガンになって・・・ ~9.入院

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ガンになって・・・ ~7.一言~

ガンになって・・・ ~8.再会(再開)~


ガンになって・・・ ~9.入院~

私の中で、ある程度気持ちの切替ができたところで、入院の日を迎えました。

当日は、弟が運転する車に母と私が乗り、病院へ行きました。

母はもちろんですが、平日にも関わらず有給をとって付き添ってくれた弟に、感謝の気持ちでいっぱいになりました。


弟とは、ずっと仲が良かったわけではありません・・・

ちょっとしたお金のトラブルでけんかをし、3年もの間、全く口を利かないこともありました。

・・・でも、そのうち母を介しての間接的な会話になり・・・ぶっきらぼうだけど直接言葉を交わし始め・・・・・・そんな感じで徐々に関係が修復していきました。

・・・で、お互い態度には表わしませんが、今では相手を思いやり助け合うまでの関係になっていると感じています。


だから、本当は弟に黙って性別を変え、この家からいなくなることが心残りでなりません。

でも、それが母の希望でもあるから・・・母には母の考えがあるから・・・だから仕方ありません・・・



入院手続きが終わり、病室に着いて身内も帰り、私が荷物を整理していると、看護師の方が若い女の子と一緒にやってきました。

その女の子は「さつき」ちゃんという名前の看護学生で、この病院に研修を受けに来ているのだそうです。

そして、さつきちゃんは私の専属担当になりました。

術前の問診ではいろいろなことを聞かれましたが、私がGIDであることや女性ホルモン治療をしていることなどを全て伝えました。


その後しばらくして、さつきちゃんがひとりでやってきて、私といろいろお話をしました。

話題は、日焼け対策やスキンケアのことなど女子トーク的な感じ・・・

彼女にしてみれば研修の一環なので、彼女自身のことよりも私のことをいろいろ聞きたかったと思うのですが、実際は私の方が聞きまくっちゃって・・・ゴメンねっ!


その後、執刀医や麻酔科の先生、担当看護師の方などが来られて説明を受け、夕食、入浴と、あっという間に時間が過ぎていきました (^^;;)



そして手術当日、適当に時間を潰していた私のところに担当看護師さんが来て、一緒に手術室の前まで歩いて行きました。

手術室の前まで来ると重々しい扉がガーッと開き、私は身内と看護師さん、そしてさつきちゃんの見守りを背に手術室へと入っていきました・・・


緊張していると、周りのものが見えなくなるってよく言うけど、その時の私は手術室の中が良く見えました。


「へぇ~、手術室ってこんな感じなんだ~」

「ここにこれがあって・・・そこにそれがあって・・・あそこにはあれがあるんだ~」


本当に細かいところまで良く見えていたと思います。

だから、たぶんあんまり緊張していなかったのかもしれませんねっ (^^)v


そして、促されながら手術台の上に・・・

1~2本の注射を受け、口にマスクが当てられたあと、私の意識は遠のいていきました。



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ガンになって・・・ ~10.苦痛~

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ガンになって・・・ ~7.一言~

ガンになって・・・ ~8.再会(再開)~

ガンになって・・・ ~9.入院~


ガンになって・・・ ~10.苦痛~

目覚めたのは、手術室から運び出されようとしていた時でした。

体中が痛く、全身から熱を発しているような不快感を感じる中、母と姉の顔が見えました。


「手術、成功したって!」


どちらかが、そう言ってくれたのを覚えています。

そしてベッドに着いた後、姉が


「手術、成功したって!早期だったって!」

「本当に・・・?よかった・・・」


そんな会話を交わしました。



でも、ここから約二日間、私は苦痛と戦うことになります。

左腕には点滴、おちんちんには尿管、背中には痛み止めが繋がっていて、口には酸素マスク、さらに脚にはフットポンプが当てがわれているという状況の中・・・辛かったのは、痛みと、体をほとんど動かせないということでした。

意識はハッキリしているので、頭の中では体を無性に動かしたいという衝動に何度も何度も駆られました。


・・・そうですよね・・・意識がある状態で、長時間体を動かすことができないって、相当辛いことだと思います。


さらに、夜になると痛みで何度も看護師さんを呼び、痛み止めを追加しても気休め程度にしか感じられず、次に痛み止めを追加するまで2時間以上間隔を開けなければいけないので、必死で痛みを我慢して我慢して・・・かなり我慢したと思って時計をみたら、まだ10分も経ってなくて途方に暮れたことが何度もありました。


「いっそのこと、楽に死なせて!」

そんな縁起でもないことも考えてしまいました。


・・・そんな感じで、長い長い夜は更けていきました。

だから、術後約二日間の夜勤の看護師さんには、本当に迷惑をかけてしまったと思っています。

でも、外が明るくなってくると、痛みの中にも何かホッとしたような安堵感を感じることができました。



翌日からは立ち上がり、散歩のノルマを課せられました。

さつきちゃんや担当看護師さんの助けを借りて、痛みに耐えながらやっとのことで体を起こし床に足をつけて、「さぁ立とう!」と思ったのもつかの間、目の前が真っ暗になるのを感じ、額から汗がとめどなく流れてきました。

さつきちゃんが血圧等を測ると、かなり血圧が下がっていたようなので、立ち上がるのは一旦中止に・・・

午後にもう一度挑戦することになりました。


話を聞くと、ほとんどの患者さんは手術翌日には歩き始めるとのことなので、午後もう一度チャンスがあるとはいえ、歩くことはおろか立ち上がることさえできなかったことにかなりショックを受けました。

それと同時に、「午後は絶対に歩かなくっちゃ!」というプレッシャーのようなものも感じていました。



そして二度目の挑戦

さまざまな精神的プレッシャーがかかっていた中での挑戦でしたが、今度は不思議と床に足をつけるまでは思ったより苦労しないでできました。

血圧も問題なし


そして、さつきちゃんや担当看護師の手を借りながら恐る恐る立ち上がり、点滴台につかまりながら、チョボチョボと歩き出しました。

すぐそばに介護してくれる人が何人もいるのに、ベッドから離れるにつれてこんなに恐怖を感じたことはなかったです。

まるで、頼りないゴムボートで大海に漕ぎ出していくというような感覚・・・


普通の人なら1分もかからず回ってこれるような距離を、20分かけてやっと回ることができました。

一周回ってくるだけですごく疲れてしまって、とても2周目に入ることはできませんでした。

でも、何よりも初日に歩けたという喜びの方がはるかに大きかったです。

そして、ゆっくりだけど確実に体は回復している喜びも感じていました。



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ガンになって・・・ ~11.朗報~

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ガンになって・・・ ~9.入院~

ガンになって・・・ ~10.苦痛~


ガンになって・・・ ~11.朗報~

手術後、日を重ねるにつれ、私の体はみるみる回復していきました。

最初はナースステーションを1周するだけでも大冒険だったのに、それが2周3週とできるようになり、さらに外来エリアの1周・・・そして、最終的には敷地の外周と建物の屋上への上り下りを1日に何度もできるようになりました。

人間は手術をすると、こんなにも急激に体力がなくなり、こんなにも短期間で回復できるんだ・・・ということを、改めて感じました。

・・・人間の体ってすごい・・・

そして、さつきちゃんや看護師さんを始めとした病院スタッフの方々、家族のフォローを受けて、私は当初の予定通りの日に退院することができました。


退院前に、迷惑を掛けてしまったり、いろいろと気にかけて下さった看護師さんには、個人的にお礼をしました。

看護師さんへのプレゼント_1

病院の規定では、お礼を受け取ってはいけないらしいのですが、私がゴリ押ししたせいもあり、何人かの方には受け取ってもらうことができました =^-^=

また、病院スタッフの方々への感謝の手紙と菓子折りも用意していたんですが、ナースステーションに直接持っていくと受け取ってもらえないだろうな~って思ったので、病室のデスクにそっと置いておきました (*^^*)

病院スタッフへのプレゼント



あとは、リンパ節への転移があったかどうかの病理検査の結果を、2週間後に聞きに行くだけです。


・・・もし転移があったら、半年間の抗がん剤治療をしなければならない・・・

・・・そうなったら、SRSをして女性になるなんて、たぶん無理なんじゃないか・・・



そう思うと、めでたく退院できたものの、まだ何となく歯にモノが挟まっているようなこの感覚・・・スッキリできない日々を送りました。


・・・で、運命の日・・・待合室で呼ばれるのを待つ何分かが、何時間にも感じられました。

結果は


・・・リンパ節への転移は認められない・・・


この一言を聞いた時の、目の前の霧がサァ~と消えていく感覚、今だに忘れることができません m(;∇;)m


先生の説明では

実際に中を見たところ、粘膜下層を超えていて固有筋層にほんの少しだけ浸潤していたので、分類的には「進行ガン」にはなるけど、リンパ節への転移はなかったのでステージでいうと「」になる。

なので、今後の抗がん剤治療の必要もないし、外来も3ヶ月に1度、定期検査については1年に一度でいいとのことでした。



その夜は、心の底から楽しい快気祝いができたことは言うまでもありません ♪~♪ d(⌒o⌒)b♪~♪



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ガンになって・・・ ~12.エピローグ~

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ガンになって・・・ ~2.腫瘍~

ガンになって・・・ ~3.悪性~

ガンになって・・・ ~4.奔走~

ガンになって・・・ ~5.安堵~

ガンになって・・・ ~6.一転~

ガンになって・・・ ~7.一言~

ガンになって・・・ ~8.再会(再開)~

ガンになって・・・ ~9.入院~

ガンになって・・・ ~10.苦痛~

ガンになって・・・ ~11.朗報~


ガンになって・・・ ~12.エピローグ~


・・・こんな感じで無事に退院ということになったのですが、今回ガンにかかったことで、私はいろいろなことを勉強し、また成長することができました。


まず

ガンにかかるかどうかは運だということ

これは先生も言ってたことなんですが、たとえ健康的な生活を送っていてもガンになってしまう人はいるし、すごく不摂生な生活を送っていてもガンにならない人もいる。

あくまで統計学的に見ると、健康的な生活を送っている人の方がガンにかかりにくいというだけのことなんです。


実際、私も小さい頃からお肉よりお魚の方が好きでしたし、他の人に比べてかなり若い時から健康的な生活を始めていたと思っています。

もちろんタバコもやらないし、お酒もたしなむ程度だし、適度な運動もしていたし、お仕事でのストレスもあまり感じていませんでした。

それでもガンになったのです。

しかも、一般的には高年齢で発症すると言われている大腸ガンに・・・この年齢で・・・


先生が仰るには、今は男性のガンの一位が肺ガン、女性の一位は大腸ガンとのことですが、近い将来、男性も大腸ガンが一位になり、罹患年齢も若年化していくだろうとのことでした。

原因は、食の欧米化が大きな原因のひとつだそうです・・・そうですよね・・・今の私達の食生活で、純粋な和食なんてあまり食べないですからね・・・


あと、健康診断で便潜血検査というのがあって、これは健康診断の当日までに自分自身で2回の便を採取して、便に血が混じってないかどうかを判定するものなんですけど・・・

これも先生が仰るには、精度はかなり低いようです・・・ということは、たとえ結果が陰性でも大腸ガンになっているかもしれないということです。

だから、この検査でガンを発見できた私は、とても運が良かったとも言えます・・・自覚症状が表れてからでは、手遅れの可能性が大きいガンなんですから・・・


まとめると、若くしてガンにならないために大切なのは

・精度の高い定期的な検査

・バランスのとれた生活・・・それと

・運

なんだと思います。


精度の高い検査とは、胃や大腸の内視鏡であったり、PETやPET-CTと呼ばれる検査のことです。

でも、PETやPET-CTは今は保険が効かないので、せめて30歳を越えたら胃や大腸の内視鏡くらいは定期的にしておきたいものです・・・これからも元気で生きていきたいのなら・・・

内視鏡は苦しいと思っている人も多いと思いますが、今は様々な方法が確立されていて、選択次第ではほとんど苦しみを感じずに検査を受けることができます。


で、生活のバランスですが

・食のバランス

お肉とお魚をバランスよく取る。野菜は多めに・・・でも野菜だけでもダメ

・運動のバランス

適度な運動をする。でも激しい運動は控えめに・・・また、疲れているのに無理してやるのもダメ

・生活のバランス
 
規則正しい時間で生活する。どうしても不安定になってしまう人は、せめて起きる時間を同じにして、睡眠時間が短ければ、日中こまめに休憩をしたり昼寝をしたりして補う。

・心のバランス

毎日体を動かすことができること

食事ができること

街の風景が見れること

人と話せること

働けること

お風呂に入れること

眠れること・・・

を、今まで以上に幸せだと感じる。


私は、これらのことを実践していきたいと思っています。



・・・でもね・・・私がガンにかかって本当に感じたことは、そんなことじゃないんだ・・・



よくガンにかかったことがない人がよく言う言葉で

「もし私がガンを宣告されたら、落ち込んじゃって何もできなくなっちゃう・・・」

っていうの聞いたことないかな?

確かに私の場合も同じで、最初のうちは人知れず泣いたし、気分が落ち込んでしまって何もやる気がしなかった。



でもね・・・人って、長い間、何もしないではいられない生き物だってわかったんだ・・・



これって、たぶん人間の本能的な防御反応だと思うんだけど・・・ガン宣告から2日も経たないうちにマンガやゲームをやり始め、テレビを観て笑い、家族とたわいもない話をし、外に出てお買い物をしたり、それでも暇すぎるから仕事にでも行こうかな~なんていう気持ちにもなったし・・・


あと

「病気のお見舞いに来た人が、逆に患者に励まされちゃって・・・」

なんていうこともよく聞くけど・・・



人は何もすることがないと、他人に優しくできるんだっていうこともわかった・・・



都会の混雑した環境で生活している人より、静かな田舎でゆったりとした生活をしている人の方が、他人に優しかったりすることが多いと思わない?

いつもは都会でギスギスした生活をしている人が、静かな田舎へ旅行に行ったりすると、他人に優しくなれたりしない?


また、忙しい人よりも暇な人の方が、他人に対して優しかったりもするよね。

・・・まぁ、これは寂しさが原因ってこともあるけど・・・

普通に考えれば当たり前のことだとも思うんだけど、そのことに改めて気づかされた。


また、ガンという死を連想させる病にかかったことで、今、健康で元気にいられるということに対しての感謝も一段と感じさせてくれた。


仕事がつまんない・・・

毎日がワンパターンで退屈・・・


そんなこと言ってたらバチが当たると思ったよ・・・


仕事がつまんないと思うんだったら、工夫して面白くすればいい

工夫してもつまんないんだったら、努力してスキルを身につけて転職すればいい

転職ができない状況なら、もっともっと努力して独立すればいい



たとえ結果的に転職や独立ができなくても、少なくとも夢中になって工夫や努力をしてる間は、生活が充実しているということに気づくはず・・・


この間、横井庄一さんという人の特集をテレビで見た。

今までは「戦争が終わったことを知らずに、何十年もグァムのジャングルで生きてきた人なんだな~ 大変だっただろうな~」

くらいにしか思ってなかったけど、発見されるまでの壮絶な生活を見て


「この人は生きてきたんじゃないっ!生き抜いてきたんだ!!」


ということをすごく感じた。


そして



人間は何もやることがなかったり、何もできないことが一番辛いということを強く感じたし、また、何かに夢中になれることがいかに幸せであるかがわかった・・・それがたとえくだらないことでも・・・そして、それが生きることへの大きな原動力になることも・・・



だから、私は今まで以上に生きることに貪欲になる!

そして、単調な毎日でも楽しくしようと工夫していく!


だって、女性になるという目標があるし、GIDやSRSで女性として生きていく人が生きていきやすい社会にしたいっていう夢もあるから・・・まだまだ、死ぬわけにはいかないよっ!!



・・・でもね・・・目標も夢も作りたくない・・・何もやりたくない・・・死にたいだけって思う人は、なるべく他人に迷惑をかけないように死ぬのもひとつの方法だと思う・・・私は無理には止めない・・・

だって、そんな人を無理に生かそうとする方が、本人にとっては酷なことでしょ!




私のお母さんは今は元気だけど、もし動けなくなって入院したら、絶対に延命処置だけはしないでくれって言ってる・・・

長く元気で活動したいから一般の健康診断は受けてるけど、、ガン検診は一切受けてない。



ガンになって入院し、自分ひとりでは何もできなくなった時・・・・その時が死に時だと考えている



そして、私も高齢になったら、きっとそういう考えになると思う・・・


でも、今はやりたいことがい~~っぱいありすぎるので、そう簡単に死ぬわけにはいかないね~(*^-^)

この先、精神的に不安になることはあるだろうけど、その時は、お医者さんやお薬の力でもなんでも借りて、生きることに執着したいと思ってる・・・



やりたいことがなくなるまでか、自分ひとりでは何もできなくなるまでは・・・



最後になるけど

私のガンがわかってから心配してくれた人、助けてくれた人、応援してくれた人全てと、私に試練を与え、自己啓発の機会を与えてくれた神様に・・・



・・・ありがとうございます・・・



そして、とりあえず治ったから言えることだけど


・・・ガンになってよかった・・・



---END---



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♀プロフィール

♀ゆいか♀

Author:♀ゆいか♀
初めまして、ゆいかといいます。

SRS(性別適合手術)をして、大まかな治療は終えました。

私にとってGID(性同一性障害)は障害なので、それをなくしたいと思って治療を行いました。

これからいろいろあると思いますが、今までと変わらず努力を続け、女の幸せを掴みにいきます (^^)

このブログは、MtFへの「準備」という名の根を張り続けた記録を残しています。

具体的には、カミングアウトからSRSまでの治療、ダイレーションの記録や心の動き、脱毛、美容のために実行したことなどです。

ほぼ完成形になっているこのブログですが、少し中途半端なコンテンツもあるので、それについては暇をみて更新していきます。

よろしくお願いします (*^^*)


【経歴】

2012年
7月
・ブログを書き始めた

12月
・SRS(性別適合手術)をすることを決意した

2013年
1月
・ジェンダークリニックへ通い始めた

5月
・ 親へカミングアウトをし性転換への理解を得た

6月
・親との話し合いで、性転換後は戸籍を抜くことことを了承した

10月
・ジェンダークリニックよりファースト診断書を頂いた

11月
・フライングで女性ホルモン注射を始めた

12月
・ジェンダークリニックよりセカンド診断書を頂いた

2014年
1月
・ジェンダークリニックよりホルモン同意書を頂いた

3月
・大腸ガンが見つかった

5月
・大腸ガンの手術をした
・会社の取締役にカミングアウトをした


6月
・職場の上司にカミングアウトをした

9月
・会社のほぼ全員の前でカミングアウトをした

10月
・初めて一人で買い物をした

12月
・ジェンダークリニックにて身体意見書が完成した

2015年
1月
・兄弟にお別れのあいさつをした

3月
・渡航中の食事環境に少しでも慣れるため、タイ料理店に行った
・今までの感謝の気持ちとして、家族をディナーに招待した

4月
・ガン手術から1年後の精密検査の結果、幸いにも異状がなかった
・性別適合手術が6月に決定した

6月
・ジェンダークリニックより英文の診断書を頂いた
・タイのガモン・コスメティック・ホスピタルでSRSを受けた

7月
・分籍をして親の戸籍から外れた

10月
・職場復帰した


【今後の予定】


2016年

・内緒 (*^^*)

2017年

・氏名変更

・戸籍の性別変更

・喉仏の手術、その他

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