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yui's note ~GID治療から戸籍訂正後の社会生活まで・・・~

GID(性同一性障害)の治療過程で思ったことの記録を綴っています

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最後の日記 5/5 …‥・最後のごあいさつ・‥…

こんばんわ☆

ゆいです。


今年の6月くらいからかな...新しいジャンルでブログを書き始めてます。

ブログ名は''yui's tree ~人生、楽しんだモン勝ちっ♪~''

「人生、楽しんだモン勝ちっ」ってのを合言葉に、いろんなことをやって人生楽しんだり、無謀なチャレンジをして自分磨きをしている様子を載せてます。

よかったら、ぜひ見てみて下さいませませ~ (*^^*)



私は戸籍の訂正をするまでの過程で、学生時代の友達はもちろん、社会人になってからの友達もほぼ全部切った。

もちろん、ちゃんと理由をつけて切ったよ...「海外移住します」って言ってネ! (*^^*)

...別に相手が悪いわけじゃないから「すごい申し訳ないな~」って思ってるけど、どうしても自分の心が許さなかったんだよね...

相手がGIDに理解があってもなくても、相手にとって私が元男っていう意識はずっと消えない...それが私には耐えられなかった...

だから「もし新しい女友達ができなかったらどうしよう...」っていう不安が他の人より大きかったと思うけど...今これだけ友達ができて、信頼できる友達もできて......だからすごくうれしいし、ホント周りに感謝しなきゃって思うんだ。



結局、友達ができるかどうかは人間性で性別うんぬんじゃない...考えれば当たり前のことなのに、治療中はそんなことにさえ気づかなかった。

治療中はどうしても視野が狭くなっちゃうんだね...いい勉強になったよ (^.^)



・・・そんな感じで長いこと続けてきたこのブログだけど、これが本当に最後になります。

私なりのGID治療を終えて埋没した社会生活を送ることもできてるし、GIDだったってことを公にするつもりもないから、もうこのジャンルにとどまる理由がなくなったっていうのが更新をやめる理由です。

あと、中途半端だったブログの構成も、この1年でまとめることができて一応完成形になったっていうのもあるし...



これまでこのジャンルを通じて知り合った方々に言われて初めて知ったことなんだけど、このブログを読んでくれてた人が意外と多かったみたいで・・・「なんか私なりの貢献ができてたのかな~」とか思って、少しうれしい気持ちになりました (*^-^)

これからはGIDのことを意識しないで生きていきたいので、もう当事者の方々の助けになるようなことはできないけど、私がこうして埋没して生きていけてること自体が、もし当事者の方々の将来の希望になってるとしたら、こんなにうれしいことはありません。




...最後まで読んでくれて、本当にありがとうございました 。o@(^-^)@o。

じゃあ、皆さんよいお年を!




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[ 2017/12/30 20:00 ] GID治療の軌跡と伝えたいこと | TB(-) | CM(0)

最後の日記 4/5 …‥・SRS後の社会生活・‥…

【SRS後の社会生活】

私にとってGID(性同一性障害)から解放されるのは、SRS(性別適合手術)を終えて戸籍を訂正して、誰も元の性別を知らない環境で自分らしく生きていくことだった。



・・・SRSを終えてからの1年は精神的にも肉体的にもすごく辛かった...

私の場合は手術前後で4ヶ月くらい休職したんだけど、家に閉じこもりがちな生活を送っているとだんだん精神的におかしくなっていった・・・



最初は“喪失うつ”に襲われた。

これは、今まであったものを失うことがきっかけになって発症する症状みたいだ...

失うのは家族だったり恋人だったり、体の一部だったり...いろいろあるみたいだけど、私の場合はアソコがなくなったことがきっかけだと思う。

あんなに違和感を感じていたのになんで...私は勘違いしてたのか...手術は間違ってたのか...って自問自答する日々が続いた...

一生、この状態が治らないんじゃないかって思った...

同じ時期に手術を受けた涼さんや、友達の澪ちゃんの充実した日記を読んで嫉妬して...そんな自分がすごくみじめだった...



・・・でも時間が経つにつれて、少しづつその症状は和らいでいった・・・でも、今度は”醜形恐怖症”になってしまった。

メイクをして家を出る直前に鏡を見ると男にしか見えない自分がいて、急に外に出ることが怖くなり遅刻したり休んでしまう日が続いた。

食べたものを吐いてしまうほど、えずきが止まらない時もあった・・・

自分の顔が男にしか見えない...なめるように鏡の中に映る顔を見て、どこをどう整形すればいいのか...真剣に考える毎日が続いた・・・結局、整形はしなかったけどね。



・・・でも、これも時間とともに徐々に症状が治まってきた。

結局、男にしかに見えないと思っていたのは実は自分だけで、引きこもりがちの生活が私の精神を狂わせていただけだった...

...思えば、友達に整形するかも...って言ったらすごく驚かれたり、リッツという輪郭形成の名医がいる美容外科で見積もりをしてもらった時も、そんなにイジる箇所を指摘されなかったんだよね。

でも、私はどっからどう見ても男じゃん...って思ってたわけだから...ホント、思い込みって怖いと思ったよ。



・・・そんな感じで”醜形恐怖症”も克服したけど、私を苦しめる症状はまだ続いた・・・

次は不安障害になった。

女性として生活している自分...でも、周りがもしかしたら変な目で見てるんじゃないか...口や表情には出さないけど、ホントは気持ち悪いと思ってるんじゃないだろうか...

例えば、電車とかで前の人の隣には人が座ってるのに、私の方はひとつ開けて座られてるとか...そういった何気ないことでも「避けられてるんじゃないか...」ってすぐに意識過剰になった。

で、いったんそう思い込んでしまうと、もう周りの全ての人たちが怖くなって頭が真っ白になり冷や汗が止まらなくなった...発狂したり倒れてしまいそうな感覚...そんな状態までいった...



でも、頑張ってRLE(実生活経験)を続けているうちに、その症状も少しづつ軽くなっていった。

そんな感じで、SRSを終えてしばらくは様々な精神不安に苛まれた私だったけど、そんな状態の中で心の支えになったのは、お母さんとタイで知り合った友達の澪ちゃん。

お母さんとは電話で生きる力をもらい、澪ちゃんには勇気をもらった...

だから、精神的にヤバくなった時でも早まったことをしないですんだのは、この2人のおかげだ。



...う~ん、でもね、やっぱ身内は大切にした方がいいと思う...一時の感情や勢いで親と縁を切ってしまうと、あとで取り返しのつかないことになるような気がする...

あと、友達っていうのはどんなに仲が良くても意外とあっけなく離れていく時がある......万が一「あんなに分かり合える親友だったのに、なんで??」ってなった時に、頼ることのできる人をちゃんと作っておいたほうがいいと思う。



・・・術後2年目に入ると、私を取り巻く環境がどんどん変わり始めた。

プライベートでも会うような友達ができたり、新しい職場で働くことができたり、趣味の活動に参加し始めたり、そして男性ともつき合い始めた・・・



友達作りは、私の方から積極的にいった。

最初のうちは、もしかしたら内心元男って知られてて気味悪がられてるかも...とか、仕方なく輪に入れてくれてるのかもしれない...とか考えると躊躇してしまい、なかなか積極的にいくことができなかったんだけど、そのうちこのままじゃいつまでたっても前に進めない...って思うようになって、勇気を振りしぼって飛び込んでみた。

そしたら、あっけないくらい簡単にいった。

それでもやっぱり、もしかしたら元男だって知ってて、興味本位で仲良くしてくれてるのかとか、仲良くしてくれるのは会社内だけで、外を一緒に歩くのとかは断られるんじゃないかとかネガティブなことばっかり考えてて、なかなかそれ以上先に踏み込めなかったけど、そのうち相手の方から誘ってくれるようになってだんだん自信がついていった。



こうして少しづつ友達を作っていくうちにだんだん自信がつき、元々もってた陽気な性格も取り戻すことができて、気がついたら相手のほうから好感をもってくれてアプローチされたり、遊びに誘ってくれたりしてくれるようにもなってた。

年下の子に頼られて恋の悩みを打ち明けられたり、いろいろと遊びに行ったりもできて、男だった時よりも自然体で社会になじむことができててホッとしたし、何より毎日がすごく充実してる♪

今、私が男であったことを知っている友達はほとんどいないし、そんな環境に身を置き続けてると、自分が男だったってことさえも忘れてしまいそうだ。



職場も変えられた。

本当は以前の仕事を続けようと思ってたけど、私が元男だったってことを知っている人がいる職場で働くことが、何となく心の足枷になってたし、そのころちょうど会社にも転機があったので思い切って退職した。

戸籍を訂正したとはいえ、元男だったということをカミングアウトしないで面接をした時、最初のうちは「本当に女性ですか?」とか「(男・女)どちらですか?」とか言われたらどうしようとか思って不安でいっぱいだったけど余計な心配だった。

いろんな会社で面接を受けたけど、どこでも今の性別で違和感を持たれることなく採用されているという事実が、私にとってこれから社会生活を送るうえで、さらに自信を深める出来事になっていった。



仕事はふたつしていて、ひとつはデイサービスでの仕事。

この仕事をしてるとなんでだろう...親孝行できてる感じがして、すごい充実感を感じることができる。

私は子供を産めないし、自分の子を育てるっていう生きがいも感じることができない...だから、親孝行とか高齢者のお世話を生きがいにしたいって思ったんだと思う...

誰かのために働くことで得られる充実感は、自分のためだけに働く充実感とは比べ物にならなくて...快感に近い。

普通に更衣室も使えてるし、多くのスタッフとも仲良くできてる。

でも、やっぱ一番はお年寄りがすごく喜んでくれてることだ。

男の時にはやろうと思わなかったことが、今、心からできてることをありがたいと思うし、すごい充実感を感じる。



もうひとつは販売系のお仕事なんだけど、ここは制服があって、実際に仕事でそういうのを着れると思わなかったので、なんかうれしかった。

ここは女だけの職場で仕事中もお昼もずーっと一緒・・・最初は緊張したけどだんだん慣れてきた。

でもまぁ、女性の会話はその先に必ず何らかの意図があるから、気遣いで疲れることもあるけどね。

「すごい忙しくて休日出勤したんだよね~」→”だからお前も手伝えよ”

「風邪がなかなか治らないの~」→”だからオメーも休むなよ”

「その服装似合ってる」「そのアクセサリーかわいー」→”そのくらいしか褒めるところないからな...”

・・・てな感じで。



あとは最近、パーティーコンパニオンのお仕事の採用も決まった!

いろんなパーティー会場や宴会場でドリンクサービスをするっていうやつ。

最初は年齢的にもちょっと無理だよなぁ...とか思って、なかなか応募できずにいたんだけど、ある日「エイッ!」って勢いで面接に行ったら採用されてしまいました...ちょっと...ってか、かなりビックリした。

まだお仕事は始めてないんだけど、明るめのスカートスーツでやってほしいみたいなので今から楽しみだ♪



今、お付き合いしている男性も、私が男だったことを知らない。

ノンケの男性に女性として愛されるのはすごく心地いい...もう最高の気分だ♪

私の子供のころの夢はお嫁さんだったので、もし入籍して結婚式も挙げられたら理想なんだけど...

まぁ、もし幸運にも結婚できたら、縁の下の力持ち的な感じの主婦になりたい。

彼とは今後どうなっていくかまだわからないけど、もし純女だったとしても年齢的に子供を産むのはけっこう難しい歳なので、カミングアウトはしないつもりだ。

それに、今さらカミングアウトされるのも、彼にとってはショックだと思うしね。



お母さんは全てを知ってるけど、兄弟にはGIDだったこともSRSしたことも、戸籍を訂正したことも死ぬまで黙ってようと思ってる。

それが、お母さんの希望でもあるし... (^.^)

頻繁に会ってるのに、よくバレないって思われるかもしれないけど、思い込みの効果って結構すごいもんよ...まさかまさか...自分の兄弟がSRSしてるなんて普通は思わない...



そういえば、今年の初詣でおみくじを引いたらこう書いてあった・・・

『初めは危ない谷の小川の橋を渡る様な心配事があるが、驚き迷うことはありません。

後には何も彼も平和に収まります。凡て小さい事も用心してすればよろしい』



・・・で、その通り、年明けはいろいろなことに不安になってたけど、終わってみれば全て余計な心配だった。

様々な精神障害を克服することができて、周りの人たちにも元の性別を知られずに堂々と生きていけてるのももちろん良かったけど...

...今、女性として日常生活を送ってて、性別に対する違和感も全くなく、気持ちいいくらい自分らしく生きていけてることにホッとしてる...

SRS直後は精神的に不安定な中、1年目はホップ、2年目はステップ、3年目はジャンプだぁーなんて、澪ちゃんに精一杯の強がりを言ってたけど、それとは裏腹に気持ちは絶望だった。

でも、手術から2年を過ぎてから、それらの言葉が現実になりつつある。

人生ってホントにわからない...

だから3年目に入ったこれからは、女の幸せをつかむため...そしてやりたかったことをやるため、今までのロスを取り戻すくらい精力的に活動していきます!!



最終回、【最後のごあいさつ】へ続きます。



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[ 2017/12/28 21:46 ] GID治療の軌跡と伝えたいこと | TB(-) | CM(0)

最後の日記 3/5 …‥・ダイレーション・‥…

【ダイレーション】

タイのガモン病院で手術を受けた後、私のダイレーション生活が始まった。

最初は1日2回から始めて、アテンドさんのアドバイスを参考にしながら、3ヶ月毎に間隔を変えてきた。

1日1回、2日に1回・・・っていう感じで、今は10日に1回でも大丈夫のハズ...なんだけど...



ダイレ方法は、病院でしていた時と同じようにしっかりやってきた・・・けど、それでも深さは2センチくらい浅くなり、幅も少し狭くなってる感じがする...

なので、今は最悪でも一週間に1回以上はできるようにスケジュールを組んで、気軽にできるプチダイレも取り入れてる。



・・・で、話は変わるけど、最近、アソコは作る必要がないっていう人が多いような気がする...まぁ、それは個人の自由だから別にいいんだけど、私の場合は使うとか使わないとかは関係なくて、作れるのに作らないっていう選択肢はなかった...

ある人がアソコは女のプライドみたいなもんだって言ってたけど、ホントその通りだと思う。

手術から2年半・・・体調が悪い日なんていっぱいあったけど、それでもここまで1回もサボらずにダイレを続けてこれたのは、ただ女のプライドを守りたかったからなんじゃないか...って思う。



あと、お金の節約のためとかダイレが面倒だからとか、使わないからっていう理由で作らないのはなんか損得勘定のような気がして、それって「女性として生活してみたい。。。」とか「エッチを体験してみたいから。。。」っていう理由とあんまり変わんないじゃん...って思っちゃうんだよね...

女性は不快で煩わしい生理が何十年もつきまとう...それを考えると、ダイレーションなんて大したことないと思うんだけど...



次回、【手術後の社会生活】に続きます。



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[ 2017/12/24 21:46 ] GID治療の軌跡と伝えたいこと | TB(-) | CM(0)

最後の日記 2/5 …‥・GIDの治療中・‥…

【GIDの治療中】

ホルモン治療で少しづつ変わっていく体・・・でも、それをうれしいと思ったことはなかった...

私にとってはSRSまでの治療を終えない限り、いつまでたっても霧は晴れなかった。.

なので、私の場合は治療中の過程を楽しむっていう感覚はなかった。

戸籍を訂正してからの社会生活のこと・・・そのための準備を最優先に考えて生活してきた。



くびれを作るために本格的なコルセットを作ってもらい、ほぼ毎日着けてた。

締めすぎて通勤途中で具合が悪くなってしまったことも何度かあったけど、頑張って続けたおかげで今はちゃんとしたくびれになった。



バストアップマッサージや、エクササイズやヨガも続けた。

美容にいいっていうサプリも飲んでた。ビタミンCとかEとか、大豆イソフラボンやプエラリア、プラセンタとか・・・

でも、一番大切にしたのは食生活や睡眠といった基本的なことだ。

いくらエクササイズしたりサプリを飲んでても、やっぱり基本的なことを疎かにしたら意味がないと思ったからだ。



メイクはほとんどしなかった。

メイクはやればやるほど上達するけど、反対に肌はどんどんダメージを受けていくので、少なくとも戸籍訂正をしていない段階で、肌を劣化させるようなことはやめておこうと思った。

戸籍を訂正して社会生活を始めた後、メイクをしないと不都合なことが起きるっていう状態だと、生活していくこと自体がだんだん辛くなってくるんじゃないか...って思ったので、ノーメイクでもいけるような肌を目指した。



あと、女性ホルモンを飲んで女性らしい肉付きになったり肌質が変わったり、胸が出てくることはあるかもしれないけど、基本的に顔は変わらない。

なんとなく顔つきが優しい感じなることはあるかもしれないけど、顔そのものが変わることは絶対にない。

私は体格に女性の平均以下ですごく恵まれてると思うし、顔の大きさも骨格も恵まれてると思うけど、日本人の女性の中ではやっぱり男顔寄りだな...って感じる。



GID(性同一性障害)と容姿は関係ないけど、体格や容姿が女性として恵まれてない人で戸籍の訂正までしようと思ってる人は、世間の冷ややかな視線や理不尽な対応に耐えるだけの心の強さが必要だと思う。

昔に比べればかなり寛容な世の中になってるとは思うけど、一般的にはまだまだなんじゃないかなぁ...

人を顔だけで判断するってのは、人間の愚かな部分のひとつだと思うけど、実際、そういう人はかなり多いし認識を変えるのもかなり難しいと思う。



ん~、でもまぁ、男性的な体格の女性や、男性と間違えるような顔つきの純女さんは世の中にいーーーっぱいるけどねー (^.^)

とりあえず私はつらい思いをしたことがないのでラッキーだと思わなきゃだな...



次回、【ダイレーション】へ続きます。



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[ 2017/12/23 20:39 ] GID治療の軌跡と伝えたいこと | TB(-) | CM(0)

最後の日記 1/5 …‥・カミングアウト・‥…

こんばんわ ☆

ゆいです。



2012年の夏に始めたこのブログ・・・2013年からカウンセリング治療を始めてホルモン治療に進み、2015年にSRS(性別適合手術)を終え、それから2年半が過ぎました。

SRSを終えてからいろいろな社会経験をして、今年になってやっと普通の暮らしができるようになったと感じてます。

以前から、MtFだということを意識しないで生活できるようになった時、このブログの更新をやめようと思ってました。

そして今年、それを実感できるようになったので、この記事を最後にしようと決めました。



少し長い記事になるので、GID(性同一性障害)治療中や治療後で思ったことを【カミングアウト】【GIDの治療中】【ダイレーション】【SRS後の社会生活】【最後のごあいさつ】と5回に分けて書き残していこうと思います (*^-^)

じゃあ、最後の最後まで、お付き合いよろしくぅ!



【カミングアウト】

私は、カウンセリング治療を始めてから約半年後に親にカミングアウトした。

その時はGIDだという診断はまだ出ていなかったし、もちろんホルモン治療も始めてなかった。

なんかね...ホルモン治療を始めてしまってから言うのは、親に対してすごく卑怯な行為だと思ったんだ...

大人になるまで育ててくれた恩も忘れて事後報告にするのは、すごく自分勝手なことだと思った。

直前までは「親にカミングアウトなんて死んでもできない...」って思ってたんだけど、なんだろう......その時は見えない力が私の背中を押したような感覚だった。



カミングアウトは冷静に聞いてほしかったので、旅先で言おう...って思ってお母さんを旅行に招待した・・・で、静かな部屋で夕飯を食べ終えた後に言った・・・

おかげで、相手がすごくリラックスできてる時に言うことができた。

カミングアウトする時は相手のことを考え、一番ベストだと思うシチュエーションでやるといいかもしれないよ (^.^)



お母さんは最初「ふーん...そうだったんだ...」って、かなり冷静な反応だったけど、実はかなりのショックを受けていたことを後になって知った。

旅行から帰ってきて、しばらくしてから一通の手紙を受け取った・・・・・・そこには「母は気が狂いそう...」って書いてあった...

普通に考えればそうだよね...そりゃ、ほとんどの親はショックを受けるさ...

どんなに生まれつきの脳の障害だって説明しても、特に母親は「自分の育て方が間違ってたんじゃないか......」って悩むと思う。



・・・で、根気強く話し合いを重ねた結果、賛成はできないけど私の気持ちは尊重してくれた..

それでお前が生き生きと生きていけるなら、仕方がないって言った...

.ここまで育ててくれたのに、親の本心を押し切って治療を終えたことに、なんかすごい申し訳ない気持ちになった...

でも今、実家へ帰ることが許されて、それなりの親孝行ができてる私はすごく幸運だと思うし、これからもそんな幸せな時間を大切にしていきたい...



・・・家庭によるかもしれないけど、やっぱり家族は大切にした方がいいんじゃないか...って思う。

GIDが原因で家族関係が険悪になっている方々・・・今はわからないかもしれないけど、家族の大切さは後々になって必ず気づくと思う。

家族が生きてる間にそれに気づいて、大切な家族と幸せな時間をできるだけ長く共有できればいいよねっ (^.^)



人は生きてるだけでも、多くの人たちに迷惑をかけてる...

自分らしく生きることももちろん大切...だけどそれだけじゃなく、自分を支えてくれている人たちの気持ちにも応えてあげられたらよりいいよね。

そうすれば、自分だけじゃなく他人も笑顔にしてあげることができるんだから...さ 。o@(^-^)@o。



次回、【GIDの治療中】へ続きます。



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[ 2017/12/22 22:53 ] GID治療の軌跡と伝えたいこと | TB(-) | CM(0)
プロフィール

ゆい

Author:ゆい
こんにちわ、ゆいといいます (^.^)


小さいころから性別への違和感を感じながらも

「親を悲しませるんじゃないだろうか?」とか「親の期待に応えなきゃ!」とか...

いろいろ思い悩み、なんとか治療をしないで生きていける方法を探っていました。

でも、もし治療をしなければならなくなった時に、慌てることのないように手術費とかも少しづつためていました。

・・・で、そのうち精神不安が重なったことなどがキッカケで、治療をする決心をしました。


そして2015年にSRS(性別適合手術)をして、とりあえずの治療は終えることができました。


私にとってGID(性同一性障害)は生きていくための障害になっていました。なので、まずそれをなくしたいという一心だけでした。

だから、治療を終えた後も達成感とかそういうのはなく、これからの不安とかで頭がいっぱいでした。



このブログは、MtFへの「準備」という名の根を張り続けた記録を残しています。



【治療経歴】

2012年

7月
・ブログを書き始めた

12月
・GIDの治療を始めることを決めた

2013年

1月
・ジェンダークリニックへ通い始めた

5月
・ 親へカミングアウトをし、GID診断後はSRS(性別適合手術)までの治療を受けることを伝えた

6月
・親と話し合って、SRS後は親の戸籍から抜けることにした

10月
・ジェンダークリニックよりファースト診断書を頂いた

11月
・女性ホルモン注射を始めた

12月
・ジェンダークリニックよりセカンド診断書を頂いた

2014年

1月
・ジェンダークリニックよりホルモン同意書を頂いた

3月
・上行結腸ガンが見つかった

5月
・上行結腸ガンの手術をした
・会社の役員にカミングアウトをした


6月
・会社側の条件に従って、職場の上司にカミングアウトをした

9月
・会社側の条件に従って、職場の同僚にカミングアウトをした

10月
・仮のRLE(実生活経験)を始めた

12月
・ジェンダークリニックにて身体意見書が完成した

2015年

3月
・渡航中の食事環境に慣れるため、タイ料理を食べた
・今までの感謝の気持ちとして、家族を夕食に招待した

4月
・ガンの精密検査で異常がないことがわかった
・SRS(性別適合手術)の日にちが決まった

6月
・ジェンダークリニックより英文の診断書を頂いた
・タイのガモンホスピタルでSRSを受けた

7月
・分籍をして親の戸籍から外れた

10月
・職場復帰しRLEを始めた

2016年
6月
・家族と再会し、実家へ戻ることが許された

8,9月
・戸籍上の変更をした(改名、改性)

10月
・クレジットカードや水道光熱費等の改名手続きをした
・元の性別を知らない友達ができた

2017年


3月
・会社を退職した

4月
・元の性別を誰も知らない会社で働き始めた
・趣味の活動に参加し始めた

7月
・元の性別を知らない男性とつき合い始めた

12月
・ブログの更新を終える










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